冬の旅 京都 令和5年2月16日「平安神宮」、「白沙村莊(橋本関雪記念館)」

 コロナ感染者数も少し落ち着いた2月、混雑を避けて観光客の比較的少ないこの時期に京都に出かけました。いつものお稽古の方々4人で出かけた京都の旅でした。

 平安神宮は、平安遷都1100年を記念して開催された内国勧業博覧会の目玉として平安京内裏の正庁である朝堂院を模し実物の八分の五の規模で建てられました。平安遷都(794)を行った桓武天皇を祭神とする明治28年(1895)に創建され、昭和5年には、平安京最後の天皇である孝明天皇が合祀されている神社です。

 今回は神苑を中心に見学をしました。神苑は、日本の造園技術を結集した東、中、西。南庭園からなる約1000坪の広大な池泉式回遊庭園で、明治の造園家七代小川治兵衛により作庭されたものです。
 池泉式回遊庭園は、大きな池を中心に配し周囲に園路を巡らし、築山や池の中に設けた小島、橋、名石などで景勝地を再現し、園路に休憩所や展望所、東屋などを配した伝統的な庭園様式です。広い園内の途中にあらわれる渓谷の水音は深山の情景を思い起こさせ楽しませてくれます。水は琵琶湖疎水から引き入れており、琵琶湖の在来種のイチモンジタナゴが生存しているとのことです。

 この時期の庭園は、梅が咲き始めたばかりで、少し寂しい庭園でしたがよく手入れをされた庭は、前日の寒波の余波もあってかいっそう身の引き締まる心地でした。季節によりさまざまな姿を見せる自然美の情景は、折々に味わうことのできるお庭であると思いました。 


 続いて、白沙村莊(橋本関雪記念館)を訪ねました。橋本関雪(1883~1945)は父から幼少期に漢詩や書画を学んだ和魂漢才の日本画家で、1934(昭和9)帝室技芸員に選出されました。白沙村莊は、1916(大正5)、アトリエとして造営した邸宅です。約3000坪の敷地の建物と庭を自身で設計したといわれています。
 建物は母屋と「存古楼」と名付けた屏風絵の製作を行っていた画室などがあり、池泉回遊式庭園で三室の茶室群や持仏堂が存在し、2014年には二階建ての美術館が新たに開館し、関雪の作品や蒐集品が展示されていました。

 展示品の中に煎茶道具があったことをお伝えします。また、二階の展望テラスから間近に大文字山を借景としてながめることができました。なお、庭園は2003年(令和15)文化庁の史跡名勝天然記念物に指定されています。美しい鴨のつがいが静かに池で翼を休めており、まちなかの緑地が野生の鳥たちのくつろぎの場所にもなっていることがわかりました。
 併設されたレストラン(昭和初期の洋館)で庭を歩き廻って冷えた体を温めながらゆっくりと昼食をとり記念館を後にしました。

 今回の見学は、「平安神宮」、「白沙村莊」ともに明治以降のものですが、伝統的な庭園を作庭するに当たり琵琶湖疎水の水を導入していることに意味があることに気が付きました。琵琶湖疎水は東京に遷都された京都を活性化するために琵琶湖と宇治川を結び京都の産業を振興しようとした一大事業でした。
 明治24 年、疎水の水を使った水力発電の稼働をはじめとして、飲料水や工業用水として現在も利用されており、明治27年に完成されたものです。新しい社会インフラの事業と伝統的な文化(造園技術)が連携して新しい京都を作ろうとした思いが込められていると知らされた旅でした。

売茶流尾張地区 神谷淑仙窟

平安神宮


白沙村莊